五月雨 -samidare- に関する考察的なオレ分かってるぜ的な 第四回 - 若さゆえに古畑任三郎は知らない

さあ!今日もおかしなテンションで考察していくぜ!よろしくな!フゥ~!(深夜に書いた文章は必ず朝読み返すべし。)


・さあサビ1だ

意味の無い僕らの 救えない程の傷から
泪の後から 悪い言葉で震える

黒くて静かな何気無い会話に刺されて今は
痛いよ あなたが 針に見えてしまって

うん、ここまで来ておじさん少しわかってきましたよ。

針=耳に/心に痛い言葉、ですね。好きな子の何気無い言葉がグサッときちゃったんだねこれ。女の子は悪くないのに怖くて会えない。無力感とかなんとか。

これめちゃめちゃ普遍的な悩みじゃん。

いわゆる幼児的万能感から卒業して己の無力さを思い知る辛い時期。大人へ一歩踏み出す時期。それさえもおっさん目線では羨ましいキラキラ輝いた日々なんだけど、辛い真っ只中の本人がこれを「素晴らしい日々の途中」って俯瞰して言えるのスゴい。

ちょっと待って、新しいティッシュの箱開けるから。

 

あと、傷から と繋げることで、泪=血、ってイメージも織り混ぜてるよね。めっちゃ痛い。言葉の針が刺さったのは心、針をぬらしたのは泪であり心が流した血、なのかなあ。

あれ、なんか昨日引き出しにしまった材料が、気付いたら調理したものになってる感。3分クッキングか。

 

意味のない僕らの 救えないほどの傷から

若さゆえの絶望って、あるよね。自分がちっぽけで無意味な、まるで虫けらみたいに思えることって。(?どっかで聞いたような?)

意味のない「僕ら」って言ってるから、自分がその他大勢だったと知らされた感じがするね。彼女にとって。いや、世の中にとって。まだ何の肩書・勲章も無いーー意味づけされてないーーってイメージも想起させられる。

またこの「救えない」って言葉のチョイスもまた絶妙。誰にも救えないんだよこれ。自分が変わって、自分で勝手に救われるしかないんだ。西尾維新物語シリーズで怪しいおっさんが言ってたから確か。
崎山君が意図したかどうかは分からないけど。


さてテレビのショートバージョンではここからエンディングのリフへと飛ぶので、ここまででヒントは出尽くしているわけですね。古畑任三郎なら視聴者に問いかけてくる場面です。おっさんしか分からないですね。
おっさんでした。

古畑任三郎 『しばしのお別れ』 オープニング+α - YouTube

【ポプテピピック】中村悠一と杉田智和による問題シーンとその裏話 - YouTube

あともうちょっとだけ続くんじゃ。

 

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